6月と云われて思い浮かぶもののひとつに「株主総会」があります。国内では6月下旬に定時株主総会を開催する上場企業が非常に多く、この時期の株主総会ラッシュの光景はひとつの風物詩でもあります。
株主総会の開催が重なる原因は、4月1日から3月31日を会計期間と定めている会社が多いためで、決算日の3月31日以降に必要な手続を行なっていくと、ちょうど6月下旬というスケジュールになるのです。因みに、必要な手続にはさまざまなものがあり、例えば、計算書類等の提供、会計監査人による会計監査報告、監査役による監査報告、取締役会による計算書類等の承認、株主総会招集通知などを経て、ようやく株主総会の開催となります。
会社法では株主総会を招集するには、原則として、株主総会の日の2週間前までに総会の日時・場所・総会の目的事項等を記載した招集通知を株主に発出しなければならない(299条1項)と定めています。これは株主に株主総会への出席の機会や準備の余裕を与えるためという趣旨です。因みに「発出」という言葉からも分かる通り、招集通知が「到達」したかどうかは問いません。
これはあくまでも原則なので、もちろんさまざまな容認規定があります。非公開会社では1週間前ですし、さらに非公開会社かつ取締役会非設置会社であれば1週間を下回る期間を定めても問題ありません。非公開会社かつ取締役会非設置会社は、近所の個人商店など、親族経営のごく小規模な会社を思い浮かべてみるとよいかもしれません。親族経営なので株主間の関係は緊密で変動もないのが通常です。
また、株主全員の同意がある場合は、招集手続を経ることなく開催することもできます(300条)。但し、書面投票・電子投票による議決権行使を定めている場合は、招集手続を省略することはできません(300条ただし書)。
ところで、「新株予約権無償割当てによる買収防衛策と株主平等の原則」のエントリにて、株主共同の利益(125条3項2号、433条2項2号)について触れましたが、以下は野村ホールディングスの定時株主総会招集通知での「株主共同の利益」の使用例です。世の中には変わった提案をする人もいるものですね。
第2号議案から第19号議案までの各議案は、株主(1名)からのご提案によるものです。株主からは、当社商号の「野菜ホールディングス」への変更を求める件をはじめとする100個の提案がございましたが、株主総会に付議するための要件を満たすもののみを第2号議案から第19号議案としております。以下、各議案の提案の内容および提案の理由は、個人名を削除したことを除き、原文のまま、提案された順に記載しております。
○第2号議案から第19号議案に対する取締役会の意見
取締役会は、第2号議案から第19号議案までのすべての議案に反対いたします。これは取締役会として、これらの提案が株主共同の利益または企業価値の向上のいずれにも資するものではないと判断したためであります。(なお、各議案の記載で、「取締役会の意見:本議案に反対いたします。」とのみ記載した箇所につきましては、この共通する理由によるものであるため、個別の理由記載を省略いたしております。)
第3号議案 定款一部変更の件(商号の国内での略称および営業マンの前置きについて)
提案の内容:当社の日本国内における略称は「YHD」と表記し、「ワイエイチデイ」と呼称する。営業マンは初対面の人に自己紹介をする際に必ず「野菜、ヘルシー、ダイエットと覚えてください」と前置きすることとし、その旨を定款に定める。
提案の理由:「社を挙げた意識改革」を求めて提案する。貴社の現在の称号は長すぎて、著しく業務効率を悪化させている。17のモーラがあれば俳句も詠めようというものだ。これから三菱東京UFJ銀行の支配下に入りでもしたら、野菜證券は三菱UFJモルガンスタンレー野菜證券となってしまうのではないかと考えると今から悩ましい。ただ、まあこの変更によって当面年間のべ1000人日の人件費を節約することができる。
○取締役会の意見:本議案に反対いたします。
第12号議案 定款一部変更の件(日常の基本動作の見直しについて)
提案の内容:貴社のオフィス内の便器はすべて和式とし、足腰を鍛練し、株価四桁を目指して日々ふんばる旨定款に明記するものとする。
提案の理由:貴社はいままさに破綻寸前である。別の表現をすれば今が「ふんばりどき」である。営業マンに大きな声を出させるような精神論では破綻は免れないが、和式便器に毎日またがり、下半身のねばりを強化すれば、かならず破綻は回避できる。できなかったら運が悪かったと諦めるしかない。
○取締役会の意見:本議案に反対いたします。
第13号議案 定款一部変更の件(取締役の呼称について)
提案の内容:取締役の社内での呼称は「クリスタル役」とし、代表取締役社長は代表クリスタル役社長と呼ぶ旨定款に定める。
提案の理由:取締役という言葉の響きは堅苦しい。また昨年の株主総会で気がついたのだが、取締役会では支配下の子会社の業績に関して全く取り締まっている様子がない。トマト栽培が儲かっていないという報告があった場合、取締役会では「なぜ儲からないのか」「どうやったら儲かるか」を諮らねばなるまい。しかし「利益はそれほど出ていません」で済ませるのは取締役会ではない。従って呼び方はいい加減なもので済ませることとする。
○取締役会の意見:本議案に反対いたします。
追記(2012年6月8日)
小生はたまたま見つけたのですが、「野菜ホールディングス」の一件、意外と話題になっているそうですね。現在も7万株を保有しており、相当な含み損(億近い?)を抱えているという話です。以下、弁護士の方の解説記事なども見つけましたのでぜひご覧になってください。
- 野村ホールディングスの定時株主総会招集通知に記載の株主提案について(弁護士川井信之のビジネス・ロー・ノート)
- 「野菜ホールディングス」への商号変更議案はなぜ上程されないのか?(ビジネス法務の部屋)