もしも時間を飛び越えることができたら……
主人公の紺野真琴はどこにでもいるフツーの高校2年生の女の子。そんな真琴はひょんなことから時間を跳躍できる「タイムリープ」という能力を手に入れてしまう。これさえあれば遅刻もしないし、テストだっていつも満点。大喜びでタイムリープを使う真琴だが、乱用が原因で仲良しの男友達との関係を不安定なものにしてしまう。友情と恋心に揺れる17歳の成長を描く感動の青春ストーリー。
Tatsuyuki "Morza" Nishizono Official WWW Site - morza@nishizono.org
もしも時間を飛び越えることができたら……
主人公の紺野真琴はどこにでもいるフツーの高校2年生の女の子。そんな真琴はひょんなことから時間を跳躍できる「タイムリープ」という能力を手に入れてしまう。これさえあれば遅刻もしないし、テストだっていつも満点。大喜びでタイムリープを使う真琴だが、乱用が原因で仲良しの男友達との関係を不安定なものにしてしまう。友情と恋心に揺れる17歳の成長を描く感動の青春ストーリー。
あの「時をかける少女」が劇場アニメになっていたのか、と本稿を読んで知った人もいるかもしれない。公開は2006年7月15日で、当初は単館上映の予定だったことからも必ずしも注目を浴びていた作品ではなかった。しかしながら、インターネットを中心に口コミでその素晴らしさが伝わり、2007年に入ってからも上映館を拡大するという、近年稀に見るロングランの上映となっている。
すでにご存知の人も多いと思うが「時をかける少女」は1965年に発表された筒井康隆のジュブナイルである。これまで幾度となく映像化されており、多くのコアなファンを獲得している。中でも1983年に公開された大林宣彦監督、原田知世主演の実写映画は大ヒットを記録し、非常に高い評価を得ている。「原田知世=時をかける少女」と連想してしまう人が少なからず本書の読者にもいるはずだ。そして、そうした歴史を背景に製作されたのが今回紹介する劇場アニメ版『時をかける少女』である(以下、特別の指定がない限り『時をかける少女』と表記した場合は劇場アニメ版を指す)。
『時をかける少女』の監督は新進気鋭の細田守だ。細田はかつてスタジオジブリの『ハウルの動く城』の監督に抜擢されたが、スタジオジブリとのトラブルなどもあり製作途中で企画が中止となってしまう。そうした経験をしていることからも『時をかける少女』への意気込みは並々ならぬものであったはずだ。
本作は原作である筒井康隆のジュブナイルの約20年後の設定で、2006年のまさしく現代が舞台である。原作が名作なだけに、そのよさをいかしつつ新しい作品として仕上げるのは一筋縄では行かないであろうことは想像に難くないが、実に至妙にまとめられているのは見事としか云いようがない。細田の尽瘁もさることながら、脚本は日本アカデミー賞脚本賞を受賞した奥寺佐渡子、キャラクターデザインは『新世紀エヴァンゲリオン』でおなじみの貞本義行が務めるなど、実力派が脇を固めているということも本作が嶄然と頭角を現わした要因だろう。つまるところ実力に裏打ちされたクオリティの高さというわけだ。
さて、本作は主人公である高校2年生の紺野真琴が、夏休み直前のある日、ブレーキのこわれた自転車で遭遇した事故をきっかけに「タイムリープ」と呼ばれる時間跳躍の能力を得るところからはじまる。タイムリープは原作の主人公であり、真琴の叔母でもある芳山和子も獲得した能力であるが、真琴と和子の大きな差は、真琴がその能力を自由に扱えるようになる、という点にある。食べ損なったプリンを食べるため、遅刻しないため、テストで満点を取るため、真琴はためらいなく時間を跳躍する。和子はタイムリープの能力に翻弄されてしまったが、真琴は奔放不羈にその能力を利用する。そこがいかにも現代の若者らしく、快哉に感じられる。
真琴は女の子と行動するよりも、仲のよい男友達である津田功介と間宮千昭の3人で一緒にいるのを心地よく感じている。3人で毎日のように野球をし、いつまでも続くのではないかと思われる愉快な青春の日々を過ごしていた。しかし、あるとき千昭から告白されてしまった真琴は、とまどいのあまり、タイムリープでその告白をなかったことにしてしまう。そのことが絶妙なバランスで維持されてきた3人の関係を徐々に不安定なものにしてゆく。
本作はタイムリープというSF的な仕掛けがあるものの、全体としては友情、恋愛、葛藤、成長など普遍的なテーマを扱う高校2年生の青春ストーリーである。同年代の若者は実体験として共感できるし、原田知世の実写映画のとりことなった世代であれば淡い青春の日々を追懐できる。きっとラストにはあふれる涙をこらえることができないだろう。
抜けるような青空、清涼感みなぎる夏の空気、快活な登場人物、リアリティあふれるモブ、緻密に描き込まれた風景、適度な伏線とセンスに富んだシナリオ、そのどれをとっても本作の魅力だと云える。また、真琴の声を当てているのはモデルや女優としても活躍する1989年生まれの仲里依紗だが、元気で爽やか、そしてどこか子供っぽさを残した真琴を、まさに等身大のすがたで演じている。
『時をかける少女』は、筒井の原作を愛読した人、原田知世演じる芳山和子に心を奪われた人、「時をかける少女」をまったく知らなかった人、現役の中高生、映画好きな人、毎日をもやもやと過ごしている人、青春の日々を忘れられない人、すべての人の心の琴線に触れる含蓄ある一作だと云えよう。数多の名作映画と同様、この先何十年、何百年と語り継がれる作品だ。年代を問わず、ぜひ多くの人に観てもらいたい。
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